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ここ城端を中心とした富山県南西部は昔から絹織物が盛んであった。明治25年(1892年)に岡部長左衛門により従来からあった生絹問屋と仲人が統合され、生絹組合が設立された。


<富山県内地向絹人絹織物調整組合> 
第2次世界大戦後絹人絹織物の生産は、全国的に輸出の増大と内需の拡大もあって飛躍的に拡大したが、昭和24年にはその反動で一時的に市況は悪化した。この不況も翌25年(1950年)に発生した朝鮮動乱による特需で解消した。しかし、朝鮮半島での軍事的衝突も休止状態になった昭和26年(1951年)ごろから輸出の不振と生産設備の膨張から、需給と生産のバランスが崩れ不況色が濃くなった。昭和28年(1953年)8月に中小企業安定法が成立し各地の組合単位に輸出向けあるいは内地向けの調整組合が設立され生産を調整した。ここ城端産地でも昭和29年(1954年)12月に城端織物工業組合の組合員を中心に富山県内地向絹人絹織物調整組合が設立された。
昭和29年(1954年)12月15日設立総会

理事長 木村 外一 専務理事 松井 文吉

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